五章「鬼来襲」
①
「!!」
突如、腹部に襲い掛かった痛みで、戌彦は眼を覚ましました。
そこは見慣れた自分の部屋で、彼は布団の上に寝ていました。
確か、自分は桃太郎と戦っていたはず・・・。
記憶が途中からプッツリと途切れており、今に至るまでに
どれぐらいの時間が過ぎたのかも分かりません。
痛みを堪えながらも、窓から外を眺めると、村人が畑のあぜ道に腰掛け、
食事をしている光景が眼に入りました。どうやら、昼はまわっているようです。
状況が掴めずに辺りを見渡すと、閉じられた戸の向こう側から
人の話し声が聞こえてきました。吾兵と、桃太郎のようです。
戌彦は息を殺して会話の内容を聞き取ろうとしました。
家の壁には数本の刀が掛けられていました。
どれも相当使い込まれているようです。桃太郎は何気なく
刀を見つめながら、吾兵に今までの経緯を話していました。
「なるほどな・・・。それで、これからどうするつもりじゃ?」
一通り桃太郎の話を聞いた吾兵は桃太郎に問いました。
「そうだな。達人といわれたアンタも、今では唯の子煩悩な爺に成り下がって
いるようだし、もう、この村には用は無いさ。」
「そうじゃな。残念ながらワシにはもう、往年の力も気持ちも無い。
お前さんに着いて行くことも出来んさ。」
吾兵は諦めているといった表情でボソッと呟きます。
「来たばっかりで残念だが、俺には余計な時間は無い。
他の村に行ってみる。」
桃太郎はそう言うと、立ち上がりました。
「まぁ、待て。そう急ぐでない。少しは爺の話も聞け。」
吾兵は桃太郎を諌めます。
「ここから西へ三日ほど行った所に幌村という集落がある。
大きな声では言えんが、討伐隊の生き残りが潜んで居るらしい。」
「ほう。」
桃太郎は興味を示したのか、再び胡坐を組んで座りました。
「たかだか十数人の集まりらしいが、それでも、それなりの使い手の集まりだと聞く。
中でも三人の頭目はかなりの豪傑だと聞くぞ。」
吾兵は楽しそうに話します。やはり、戦闘に関しては今でも心が躍るようです。
「一人は槍の名手だという。十字槍を使いこなし、討伐隊では一番の功績を挙げたと聞く。」
吾兵はポリポリと頭をかきます。
「そしてもう一人は弓の達人。最後は無手の達人らしいぞよ。」
「無手だと?珍しいな。」
この時代。無手(素手で相手を倒す、いわゆる現在の徒手空拳)は、
圧倒的に得意とするものが少なかったのです。
殺傷力の強い槍や刀に比べて、間合いが短く、
狙いどころを間違えると相手に付け入る隙を与えやすい無手は敬遠されていました。
「三人の頭目か。面白いかも知れんな。」
桃太郎は再び立ち上がると、置いてあった愛刀を腰に差すと、
出口へと向かいました。
その時、戌彦の部屋の戸が突然開き、中から戌彦が血相を変えて
飛び出てきました。
「待って!!おいらも連れて行ってくれ!!」
戌彦は必死の表情でそう叫びました。
「戌彦!何を言うか!」
吾兵はおおいに驚き、叱り飛ばしました。
しかし、戌彦の耳には届いて居ません。爺無視されています。
「僕、父ちゃんと母ちゃんの敵を討ちたいんだ!お願いだから連れて行っておくれよ!」
言うが早いか、壁に掛けてあった鎖鎌を手にして言いました。
「これでも、お爺ちゃんよりかは役に立つよ?足手まといにはならないから!」
「がーーーん!!」
吾兵ショックです。爺がショックを受けています。G-SHOCKです。
桃太郎は突然の事に呆気に取られていましたが、
戌彦の戦闘力は確かに役に立つと思っていました。
「好きにしろ。だが、生死の保障は出来んからな。」
冷たく言い放つも、今朝、激闘を繰り広げたこの少年に対して、
多少の親しみを感じていたのも事実でした。
「いかーーーーーん!!」
吾兵の怒声が響き渡ります。
「絶対に許さんぞ!戌彦!お前は、お前だけには戦いはさせられん!」
吾兵は戌彦から鎖鎌を取り上げました。
「なんでだよう!?僕だって鬼を許せないんだ!」
戌彦は吾兵から鎖鎌を取り返しました。
「そんな危険な旅に見す見す可愛い孫を出せるものかっ!」
吾兵は戌彦から鎖鎌を取り上げようとしました・・・が、
あっさりと交わされて壁に激突しました。両方の鼻の穴から
鼻血が出ていますが、意にもしていない様子で、再び戌彦に襲い掛かります。
しかし、戌彦の洗練された動きには到底着いて行けないのでした。G-SHOCK2です。
桃太郎はそんな二人を見ていて、馬鹿らしくなったのか、一人で外に出ました。
天高く、煌々と輝く太陽は今日も大地を焦がしています。
そんな中、突如村のどこかで女の悲鳴が上がりました。
「誰か!!誰か!!鬼が出たーーー!!」
②
桃太郎は即座に悲鳴のあがった方へ走っていきます。
ついにこの辺境にまで鬼の手が伸びてきたのです。
「面白い・・・。」
桃太郎はニヤリと笑うと、腰の刀を抜き放ち、凄まじい速さで
駆けていきました。一方、吾兵と戌彦は不毛な戦いに夢中で、
悲鳴に気が付いていませんでした。
桃太郎が村の東の入り口に辿り着くと、そこには本当に鬼がいました。
桃太郎の3倍はあろうかという巨躯の持ち主で、
なぜか身体の至る所にキノコが生えています。
そして、なによりも物凄い悪臭を放っていて、とても近づく気持ちにはなりませんでした。
鬼は、村人には興味を示さず、ある家に干してあった女性の下着を必死に
盗もうとしていました。臭い上に下着泥棒という、とても濃い(あらゆる意味で)鬼です。
桃太郎は、飽きれて戦う気も無くなりそうになりましたが、
とにかく臭いので、さっさと片付けようと思いました。
「お”い”」
桃太郎は鼻を摘みながら鬼に話しかけます。
しかし、鬼は下着に夢中でまるで話を聞いていません。
カチンと来た桃太郎は不用意に鬼に近づきました。
「おでに近づくなぁ~~~!!」
鬼は突然振り返ると、桃太郎を威嚇するように大声で怒鳴りました。
桃太郎はその大声よりも、鬼の口臭にやられました。
恐ろしいほどの悪臭です。思わずクラッときましたが、
なんとか、意識を繋ぎ止めると、必死に鼻を摘みながら
鬼に向かって刀を差し向けます。
「ぎざば(貴様)、名をなどで(名を名乗れ)!」
鬼は豪快に笑いながら言いました。
「おでの名前は鬼ノコ!正拳突鬼さま直属の鬼だぁ~!」
鬼ノコと名乗った鬼・・・。まるっきりそのままです。
桃太郎は、鬼ノコに生えているキノコが、先天的なものか後天的なものなのか、
とても気になりましたが、鬼ノコの不潔そうな身体を見て、
絶対に後天的だという結論を出していました。
そんな、どうでも良い事を、相手に戦いの最中に考えさせてしまう辺り、
この鬼ノコ、只者ではありません。
事実、桃太郎はこの鬼に近づきたくありませんでした。
何しろ臭いからです。どうやって倒そうか、桃太郎が思案していると、
後ろから戌彦と吾兵がやってきました。
ようやく鬼ノコの存在に気が付いたようです。
「うわ!臭い!」
戌彦は思わず叫びました。
「うむっ!臭いのう!」
吾兵も叫びました。
「本当に臭いっ!」
桃太郎も改めて叫びました。
「・・・。」
鬼ノコ、三人から一気に臭いと叫ばれて、泣きそうになっています。
「お!おでは臭くねぇ~~~!!!」(や、臭い)←筆者
両目から涙を流しながら、鬼ノコは三人に突進してきました。
「わーーー!!!」×3
桃太郎たちは、ある意味本気で逃げました。
鬼ノコは、決して追いつかれるような速さでは居ってきませんが、
それでも、臭さの範囲が広いので、三人とも必死です。
はっきり言って、今のところ鬼ノコ最強です。
「こ、これじゃあまともに戦えやしないっ!」
桃太郎は意を決して、空気を大きく吸い込み、それから呼吸を止めると、
立ち止まって鬼ノコ目掛けて刀を振りかざそうとしました。
「!!」
臭いが眼に沁みました。
桃太郎はボロボロと涙を流しながら再び逃げます。
「鬼がこんなに恐ろしいものだったとは・・・。」
やはり、天下統一の野望は困難であることを改めて感じています。
と、その時、鬼ノコは足に何かが絡みつき、思い切り転びました。
よく見ると、それは鎖でした。
鬼ノコは足に絡みついた鎖の先を眼で追いました。
すると、その先には鼻を摘んだ戌彦が佇んでいます。
ギリギリ臭いに耐えられる距離から、鎖鎌の射程を利用した攻撃を繰りだしたのです。
「ここは僕に任せてっ!」
戌彦VS鬼ノコの戦いが始まりました。