九章「三人の頭目」
①
茶屋の一軒から数時間たった頃、桃太郎とウオノメは幌村に辿り着きました。
時刻は夕方。日がもうすぐ沈もうかと言うときです。
幌村は見事な樹木が多くそびえ立つ風光明媚な村で、
樹木の枝が村をすっぽりと覆いつくしている所が幌のように見えるため、
その名前が付けられました。鬼が出現するまでは観光地として栄えていましたが、
今では観光客の姿などあるはずも無く、すっかり寂れた村になってしまいました。
それでも、立派な木々の姿は見る人を圧倒します。
「これは、凄い。」
流石の桃太郎も、大自然の生んだ奇跡的な風景に心を動かされています。
「この村のどこかに討伐隊の生き残りがいる。まずはそいつらを探すぞ。」
ウオノメを率いて、桃太郎は幌村の中へと入っていきました。
外はまだ明るいのですが、村の中は枝に光が遮られている為、
常に松明が灯されているようです。
しかし、薄暗い印象は無く、幻想的な雰囲気が村を包んでいました。
市場では威勢の良い声が響いており、忙しそうに駆け回る商人が
村全体に活気をもたらしています。
「思ったより活気があるな。」
桃太郎は何処と無く気分が高揚し、ウオノメと共に村の中を歩き回ってました。
どの家からも夕食の用意を告げる煙が立ち上り、お腹の空く匂いが立ち込めています。
とても討伐隊の前線基地とは思えません。
しかし、注意深く眼を凝らすと所々に、鎧を身に着けた兵士らしき人間が
村の様子に眼を光らせているのが見て取れます。
桃太郎は兵士の一人に近づくと、真正面から言い放ちました。
「おい、討伐隊の頭目に会わせて貰おう。」
兵士は、突然子供からこのような事を言われ、
一瞬戸惑った様子を見せましたが、すぐに平静を取り戻すと、
小声で”付いて来い”と呟き、桃太郎を村の奥の屋敷へと案内しました。
②
屋敷は他の家よりも多少大きいぐらいで、それほど警備の兵士も多くありませんでした。
「客人をお連れしました。」
先ほどの兵士は戸の前でそう言うと、桃太郎を連れて屋敷の中へと入っていきました。
屋敷の中には明らかに頭目と思われる人物が二人座っていました。
一人は鬼にもひけを取らない巨躯の持ち主で、
傍らには巨大な十字槍を無造作に置いてあります。
歳は30半ばと言ったところでしょうか。
顔中に立派な髭を生やし、身体のいたるところに傷跡がありました。
歴戦の戦士であることは疑う余地もありません。
その横、左手には女性の戦士が控えています。
しなやかに伸びた四肢はほど良く引き締まっており、
長く伸ばした黒髪を後ろで一本に束ねています。
何よりも印象的なのは、まだ幼さの残る顔に似合わない
鷹のように鋭く光る双眼です。
二人の頭目は兵士に連れられてきた桃太郎を興味深く観察しました。
「小僧、俺達に何の用だ?」
男の頭目が重低音の良い声で桃太郎に問います。
「お前が討伐隊の頭目か?」
「そうだ。」
桃太郎に問いかけた男は熊次と名乗りました。
隣の女性は狭霧(さぎり)と名乗りました。
「お前達に提案がある。」
桃太郎は臆する事無く堂々と言いました。
「お前達を、この俺様の支配下に置く。」
刹那、部屋の空気が張り詰めました。
狭霧は思わず腰の刀に手をかけましたが、
熊次はそれを咎めると、鋭い眼光を桃太郎に向けました。
「小僧、まずは名を名乗れ。」
「おっと、こいつは失礼したな。俺様は桃太郎。
鬼討伐の旅をしている。」
桃太郎はウオノメをチラリと見ました。
「こいつはウオノメ。俺の家来第一号だ。」
「グルル!!」
ウオノメは家来という言葉に反発しています。
「・・・。」
熊次は下を向いてなにやら震えている様子でした。
「おい?」
桃太郎が不審に思って声をかけると、
その瞬間に、大声を出して笑い始めました。
無理もありません。桃太郎のことを知らない熊次にとっては、
犬を連れた子供が、自分の討伐対を支配すると息巻いている様にしか見えない
のですから。
「小僧!戦争ごっこは、その家来とやらと一緒にするに留めておけ!」
熊次は苦しそうに腹を抱えながら、大声でそう言いました。
見ると、隣の狭霧も口に手を当ててクスリと笑っています。
「馬鹿にするのは、俺様の力を試してからにしたらどうだ?」
桃太郎は、相手の反応は予想していたので大して怒りも覚えず、
冷静に言い返しました。
「少なくとも、俺様は今まで20匹近くの鬼を退治してきたのだがな。」
桃太郎の言葉に、熊次の笑いがピタリと止まりました。
「何だと?」
「貴様が今馬鹿にしている、目の前の小僧は
既に鬼を倒してきていると言っておるのだ。」
桃太郎は、ふんっと鼻を鳴らすと、腰の刀を抜き放ちました。
「嘘だと思うのなら、貴様自信で俺様の力を試すが良い。」
部屋の空気が再び張り詰めました。
そんな中、一人の男が屋敷の中に入ってきました。
「今、戻った」
男はそういうと、桃太郎の横を通り抜け、
熊次の横にドカリと座り込みました。
③
「早かったな。雉那」
熊次が男に向かってそう言いました。
「あの程度の手勢など問題ではない。」
雉那(きじな)と呼ばれた男は腰に縛り付けた酒瓶をはずすと、
クイッと酒を胃に流し込みました。
三人の頭目の最後の一人のようです。
どうやら、鬼退治から帰ってきたところのようです。
桃太郎は刀を鞘に戻すと、じっと雉那を観察しました。
比較的軽めの鎧を身に付け、熊次の鋼の身体とは性質の違う
バネのありそうな肉体をしています。
歳は20台後半と言ったところでしょうか、
無精髭を生やし、髪を短く刈った頭に鉢金を巻いています。
「何だ、この小僧は?」
雉那は桃太郎を一瞥すると、興味の無さそうな声で問いました。
「ああ、こいつ俺達を自分の支配下に置きたいんだとよ。笑っちまうぜ。」
熊次は忌々しそうに桃太郎を睨み付けました。
「笑う前に試せと言っている。」
桃太郎は熊次に負けずに睨み返します。
その桃太郎の氷の視線に、雉那は桃太郎がただの子供ではない事を
感じたのか、熊次のように笑い飛ばす事はしませんでした。
「熊次。」
「何だ?」
雉那は熊次を横目で見やると、言いました。
「お前も錆びたな。この小僧の実力が読み取れないのか?」
雉那の言葉に熊次は心外な面持ちをしています。
「おいおい。何を言っている?お前はこの小僧に、本当に
俺達を飲み込むほどの力があると思っているのか?」
「そこまでは分からん。だが、こいつの発している気は
歴戦の兵士のまとう気となんら変わりが無い。」
「笑わせるな。こんな小僧に何が出来るというのだ。」
「だから、錆びたといっているのだ。」
熊次と雉那との間に険悪な雰囲気が漂い始めました。
すると、ずっと沈黙を守っていた狭霧が口を開きました。
「いい加減にしないか二人とも。何も見ないで口論していても仕方が無い。
ここは、この小僧の言うとおり、実際に実力を見せてもらうしかあるまい。」
狭霧の言葉に熊次は不満を残しつつも、雉那と
一応和解し、桃太郎に向かってこう言いました。
「良かろう。ならばこうしよう。」
熊次は立ち上がり、幌村の周辺が描かれた地図を広げました。
「この幌村の南に鬼共の巣くっている岩屋がある。
そこの大将である”鬼蜘蛛”を見事討ち取って来い。」
熊次は桃太郎に向かって丸めた地図を投げつけました。
「分かりやすくて良い。」
桃太郎は難なく地図を掴むと、すぐに屋敷を出て行きました。
「本気か熊次?鬼蜘蛛は現在の俺達の標的の一つだぞ。
あんな子供に・・・。死にに行かせたような物だぞ。」
狭霧は熊次に向かって、非難するかのように言いました。
「ふんっ。」
熊次は聞く耳持ちません。
「俺が行く。」
雉那は立ち上がると、桃太郎の後を追いました。
「あいつが行くのなら問題あるまい。」
熊次は呟きます。
「最初から、雉那が一緒に行くと思ってたのか?」
狭霧は意外な顔つきで熊次を見ました。
そんな策略を巡らすような事は熊次には出来ないと思っていたようです。
「あいつは自分が見込んだ奴の事は徹底的に世話をする。
時には裏切られる事もあるがな・・・。」
熊次はそういうと屋敷の奥に消えていきました。
「・・・。」
狭霧は複雑な表情をしながら、桃太郎と雉那の背中を見つめていました。
桃太郎は無事に岩屋から帰ってくる事が出来るのでしょうか?
ー続く。